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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
01 上巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页
或る時幸子は、悦子を連れて水道路へ散歩に出て、路端に蛆の沸いた鼠の屍骸が転がっているのを見たことがあったが、その傍を通り過ぎて凡そ一二丁も行った時分に、
「お母ちゃん、………」
と、悦子が、さも恐ろしいことを聞くように擦り寄って来ながら小声で云った。
「………悦子あの鼠の屍骸蹈めへんなんだ?………着物に蛆が着いてえへん?」
幸子はぎょっとして、悦子の眼つきを窺わずにはいられなかった。なぜと云って、二人はその屍骸を避けるようにして二三間離れた所を通ったので、どう考えても、それを蹈んだと思い誤まる筈はなかったからである。
まだ小学校の二年生である少女でも、神経衰弱に罹ることが有り得るのだろうか。―――それまでは大して心配もせず、口先で叱ってばかりいた幸子も、この鼠の一件から事の重大さに心づいて、翌日櫛田医師に来て貰った。櫛田医師の意見では、小児の神経衰弱も決して珍しいものではないから、恐らく悦ちゃんのもそうであろう、案じるほどのことはないと思うけれども、専門の医師に紹介するからその先生に診てお貰いなさい、私は脚気の手当だけをして置く、専門医は西宮の辻博士がよいから、今日中にも往診してくれるように電話で頼んで置きましょう、と云うことであったが、夕刻に辻博士が見え、診察後暫く悦子と問答などをして、神経衰弱と云う診断を下し