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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

その間に貞之助も妙子も、形勢険悪と見て早いこと姿を消してしまった。

「お春どん、あんたお嬢ちゃんに、何ぞ今日のこと云うたんか」

幸子は今日の見合いのことを女中達に話した覚えはないが、特に彼女達に知られないように気を付けていなかった越度はあるので、こうなって見ると、雪子の手前、自分がお春を糺さねばならない責任を感じた。

「なあお春どん、………」

「………」

お春は下を向いたきり、「悪うございました」と云うことを恐縮した体つきで示した。

「あんた、お嬢ちゃんにいつ云うたん」

「今朝でございます。………」

「何と思うて云うたん」

「………」

お春と云うのはまだやっと十八になる娘であったが、十五の時から奉公に来、今では上女中を勤めているので、殆ど家族の一員のように親しまれていて、そのせいと云う訳でもないけれども、この女だけ初めからの呼び癖で、特別に「どん」附けにされていた。(悦子は「おはアどん」と云う愛称で呼び、時には「おはア」と呼び捨てにした)そして毎日、悦子が学校へ往復するのに、交通事故の多い阪神国道を越えなければならないので、必ず誰かが送り迎えをすることにきめてあったのが、大概お春の役になっていた。