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おちばいき
落ち梅記
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,748 字 · 61 页
父の助左衛門は次席家老のまま側用人を兼ねて、すでに二十年ちかく枢要の職にいる、これには政治上の必要もあったのだが、酒も嗜まずなんの趣味も道楽もなく、御用専一の篤実勤直の質が衆望を集めた結果といってよいだろう、家庭にあってもごく温厚で、金之助などはこれまでいちども声高に叱られたことがない。その性質をすっかり受継いだように、彼もまた温和しい生れつきだった。小さいじぶんから学問が好きで藩儒の渡瀬順庵と和学者の室井篤文について学び、十七八からは法政の書を好んで読んだ。そういうわけであまり交友はなかったが、それでも村松平馬、林久一郎、和泉兵衛、公郷半三郎という四人の学友があり、なかでも半三郎とは幼い頃から兄弟のように親しく往来した。……考えてみると彼と半三郎とのつながりには宿命的なものがあった。家も近かったし年も同じで、藩校にあがってからも揃って成績がよく「双俊」などといわれたものである。また九歳から十三歳まで五年間、二人は藩主の世子の学友に選ばれて、江戸邸で起居を共にした。若君の亀之助はひよわな生れつきで、癇の強い神経質な少年であったが、金之助と半三郎があがっていた五年のあいだに、気質も変り、たいへん健康になった。