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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
九州一円は太閤秀吉に征伐されてから日が浅いので、なんどき何処から一揆の騒動なども起らないとも限らない。また朝鮮の戦地には明の大軍が応援に来たというのであるから、その軍の模様によっては更に加勢の人数を繰出さなければならない。それやこれやで留守あずかりの人びとも油断がならず、いずれも緊張した心持でその日を送っていたが、そのなかでも若い侍たちは張り切った馬のように自分のからだを持て扱っていた。
「なぜ留守番の腰ぬけ役などに廻されたかな、せめて虫押えに一揆でも起ってくれればよいが……。」
戦地から出陣の命令が来るか、それとも近所に一揆でも起ってくれるかと、そんなことばかりを待ち暮らしている若侍たちの耳に、こういう噂が伝えられた。
「多々良川に海馬が出るそうだ。」
名島の城は多々良村に築かれていて、その城下に近いところを流れて海に入るのが多々良川である。この正月の春もまだ寒い夜に、村のある者がこの川端を通ると、どこからともなしに異様な馬のいななく声がきこえた。暗いのでよくその見当は付かなかったが、その声は水のなかから響いて来るらしく思われた。そうして、それが水を出て、だんだんに里の方へ近付いて来ると、家々に飼ってある馬があたかもそれに応えるように、一度に狂い立って嘶き始めた。