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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
何よりも彼の心は、そうした「家郷」が欲しかったのだ。それ故にまた
柚の花やゆかしき母屋の乾隅
と、古き先代の人が住んでる、昔々の懐かしい家の匂いを歌うのだった。その同じ心は
白梅や誰が昔より垣の外
という句にも現れ
小鳥来る音うれしさよ板庇
愁ひつつ丘に登れば花茨
などのロセッチ風な英国抒情詩にも現われている。オールド・ロング・サインを歌い、炉辺の団欒を思い、その郷愁を白い雲にイメージする英吉利文学のリリシズムは、偶然にも蕪村の俳句において物侘しく詩情された。
河豚汁の宿赤々と灯しけり
と、冬の街路に炉辺の燈灯を恋うる蕪村は、裏街を流れる下水を見て
易水に根深流るる寒さかな
と、沁々として人生のうら寒いノスタルジアを思うのだった。そうした彼の郷愁は、遂に無限の時間を越えて
凧きのふの空の有りどころ
と、悲しみ極まり歌い尽さねばならなかった。まことに蕪村の俳句においては、すべてが魂の家郷を恋い、火の燃える炉辺を恋い、古き昔の子守歌と、母の懐袍を忍び泣くところの哀歌であった。それは柚の花の侘しく咲いている、昔々の家に鳴るオルゴールの音色のように、人生の孤独に凍え寂しむ詩人の心が、哀切深く求め訪ねた家郷であり、そしてしかも、侘しいオルゴールの音色にのみ、転寝の夢に見る家郷であった。