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おりべというとうき

魯山人陶説

北大路 魯山人

北大路魯山人『魯山人陶説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:織部という陶器、乾山の陶器、芸美革新、古唐津、古九谷観、志野焼の価値、瀬戸黒の話、陶器鑑賞について、備前焼、料理と器物、雅美ということ、古器観道楽、坐辺師友。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,241 字 · 127 页

青空文庫

これは結局作者の国柄と人の問題である。いい人の手になったものは、不手際でもいいものが出る。つまらぬ人間がいくら手際よくやっても、やはり、そのつまらなさを蔽うことは出来ない。手際がよければよいだけ薄っぺらな感じが現われて来る。ちょうど料理に於て、素人が誠心誠意を籠めて一生懸命作ったものの方が、玄人が鼻唄まじりに、ただ手際だけよく作ったものよりも遥かに優れた料理が出来るのと同じである。汁粉一杯考えてみても、婆さんが不手際ながら丁寧に作った汁粉はうまい。反対に汁粉屋の汁粉は手際はいいが、どこか水くさい。古九谷と万暦赤絵にはちょうどそれと同じ関係がある。そして、そこがつまるところは日本と中国との相違である。

中国は明代の絵などを見ても、本当に頭の下がるものは先ずない。殆どないと言っていい。宋、元に上っても同じである。しかし、絵の様子のいいこと、柄の優れていることには感心するものが多い。日本人は、元々それを学んだのであるが、日本人には中国人に見られない持ち前の中味が備わっているから、中国を学んだことが、恰も鬼が金棒を掴んだようなものとなったわけだ。中国人はそれが国民性というのか、柄や形式や風采に走って、常に内容の空疎を意としないところがある。