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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
と云うのは、フト思いついた着想や、考え出した理想や願望や方針、又は脳裏にこびりついて離れない想念、そうしたものは、多くの場合客観的現実(夫は外界の存在によって条件づけられている)からは無関係な主観の自由意志ともいうべきものだけによって、保証されているものだが、こうした勝手な気儘が、一応、表象の有つ本質的な特色なのである。人間は恐らく自由な表象の最も発達した動物だろうが、又人間ほど自由な表象を愛する動物もない。無条件な徹底的アルビトラリネス、全く理由も根拠もなしに悪を為し得るとか、世界を一杯の紅茶に代えても悔いないとかいう、そういう真正の意味に於ける自由意志説は(その論拠はニヒリズムにまで行かなければ停止しないが)、人間のこの自由な表象の偏愛癖が、馬鹿々々しく誇張されて理論の外観をとったものに他ならないのである。
表象の偏愛は云わば人間の論理的本能の一種のようなもので、それが凡ゆる機会をまち伏せして頭を出すのであるが、併しそれだけに、そこに何かの合理的な核心が横たわっているだろう事は、感じ取らねばなるまい。ただ根本的な救うべからざる誤謬(之は正に人間的誤謬になるわけだ)は、この表象なるものがその合理的な核心とは関係なしに、馬鹿々々しく全般化され誇示されて、みずからナンセンスへ導くという点なのである(一般に