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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《梅里先生行状記(ばいりせんせいぎょうじょうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 頁
――その夫人はといえば、嫁いだ年からすでに良人は国事に私の日もない人だった。そして、嫁して十四年めに良人の戦死にあい、六人の遺児をかかえて、また、それから十二年目には、ようやく成人させた正行、正時、ふたりの愛児を、四条畷の戦いに死なせ、その白骨を抱かれた」
介三郎自身も、いつか語りながら泣いている。
そして、楠公夫人が、なお遺る幼児をいだき、三男の正儀に父の遺訓をつたえて、孤軍のなかに、忠節と貞節の生涯を完うした事など、次々と話して倦まなかった。
わけて夫人が、良人の死後、一族もみな討たれて少ない中に、よく三、四千の小勢をもって、河内の小盆地にたてこもり、正行、正時の成人を待っていた十二年間の苦節を語るだんになると、涙に顔もよごしていった。
「ひと口に十二年というが、そのあいだは、足利の大軍にとり囲まれていたも同様だったから、兵の食糧、被服、薬餌などは、みな夫人の力に拠るしかない。楠公夫人に限っては、薙刀を把って、男子とともに、闘ったというような例は一つも見えないが、それだけに、内助の奮闘は思いやられる。家庭にいては、まだ頑是ない幼な児、乳のみ児をかかえ、朝に負傷の兵を見まわり、夕べには兵糧の苦労に村中の女手や童の手まで狩りたてて指揮しておられたにちがいない。