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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

と見、こなたへ助太刀に飛んで来た。が、時綱は、斬りむすびつつ、背なかで叫んだ。

「おれは捨ておけ。それよりは、合図合図」

もちろん、このときすでに、土岐家の宿直も、侍部屋の面々も、家響きに眼ざめて、「――すわ」と、屋敷じゅう総立ちの轟きを揚げている。

そのまに、庭の大木の上へ、よじ登っていた時綱の郎党の一人は、

「かかれ、かかれ」

と、長い旗を、腰から解いて、暁暗の空へ、へんぽんと、吹きなびかせた。

――後の史家が、称んで“正中ノ変”となす、南北朝大乱の最初の火の手は、ついにこの朝、ここに揚った。

「わああっ……」

と、目標を圧縮してゆく武者声の潮、矢ひびき、太刀音。それも見るまに黒けむりとなり、真紅の群炎となった。そして、吹き狂う熱風は、早くも死屍累々の惨を地に照らし出している。

「残念だっ。女房にあまい頼春とは知っていたれど。……ええもう、追いつかぬ」

土岐左近は、戦い疲れて、自室に駈け入るやいな、腹十文字に掻ッ切って、炎の下に俯ッ伏した。

――同時刻。

小串則行の一勢は、京極附近で、ふた手に分れていた。

一手は、駿河の住人足助次郎重成の宿を衝いたが、どう知ったか、彼はすでに風をくらッて逃げてしまった後だった。