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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁
不知哉丸
不知哉丸
藤夜叉は、すぐ黙った。
女にとって、恍惚の沈黙は、何にもまさる官能の言葉だった。
この至上な一瞬を、われから紊したくないのであろう。
もう、みち足りているすべてのように、彼女は、高氏の肩の辺へ、濡れた片頬をのせたまま、
「……小殿」
なんども、唇をふるわせていた。
「逢いたかった。お逢いしたかった。……もう離れないで」
二人のうえに、虚空の波音だけがあった。しかし高氏の胸を吹きめぐッているものは、彼女の恍惚の甘美とは、およそ両極ほどな相違があった。
「藤夜叉」
「あい」
「いつからそなたは、この鎌倉へ来ていたのか」
「五月の頃でございました」
「鳥合ヶ原に、犬合せのあった日、辻に見えたの」
「小殿も、私の姿に、お気づきだったでございましょう」
「知っていた。……が何せい、人目の中」
「その人前でなかったら、私こそお馬の脇へ、すがりついたかもしれません。だのに小殿は無情い。私は恨んでおりました」
「恨んでいたと」
「だって、おなじ鎌倉にいるとご存知のくせに、あれきり何のお沙汰も下さいませぬ」
「したが、宿所は知れぬし」
「でも常々、道誉さまとは、御所の内でも、お会いなされておいででしょうに」