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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

うつつなき人

「されば、あらかじめ、奥の御一室を昨日から清めおかれ、若殿のためにと、お待ちうけらしゅうございましたが」

「そうか。ではそこで」

高氏は、奥へ通った。そして初めて、鎌倉山のしたたりや、閑かな林泉に耳を洗われた。

すると夕刻頃、また、べつな老臣が、顔を見せ、

「ただ今、主人よりお使いがあって、はからざる大事のため、夜半までは、営中から御退出は難しいかもしれぬとのことにござりまする」

と、いう。

――すると、夜に入ってまた、再度、同じような使いがあった。何が起ったのだろう。気のせいか、夜半の鎌倉中に、駒音が忙しげだった。そして憲房は、ついに明け方まで、帰邸しなかった。

うつつなき人

昨夜のただならぬ駒音が何であったかは、小町大路ノ辻を劃す柳営の長い長い大築土の外からでは、もとよりその片貌すらも窺い得ない。

が、一般の雑人たちも、昼間、腰越口から極楽寺坂を経て、町中を駈飛ばして行った早馬が、柳営の一門へ入ったことは眼に見ており、はやくもそれには、

「おや。なんだろう?」

と、怪しみを起し、その上、またも晩には、二度にわたる早馬が、同じ亭館の内へ消えこんだことを知っている。