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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

彼は、それでもなお、気がすまぬらしく、廻廊の角まで立ち、裏手を見た上、戻って来た。

「ひそと申せ。どこにも人は見えぬが、夜気のしじま……」

「お気づかいなされますな。夜番の武士もこよいは諸所で、飲み呆うけておりますれば」

「して、そちは何のため、これへ来たか」

「妻の科は私の科、今生にて、一度はお詫び申さねばと、都から見え隠れにおあとを慕い、やっと、こよい本意を遂げたような次第。何とぞ……この上はただ、ゆるすとの、御一言を……。それさえ伺えば、いつ死んでも惜しからぬ頼春の身にござりますれば」

「うウむ。では本心、裏切ったわけではないのか」

「妻の波路に、ふと、事を打明けたは、一生の不覚でしたが、頼春も武士の端くれ」

「ならば、死ぬな。事もはや、今日の仕儀と相なっては、追ッかけにそちが死んで見せたところで何になろうぞ。大事はまだ、ここで終ったわけでない」

「とは申せ。兄左近や一味の多くを討死させたのみか、上の御宸念をも煩わせ奉った身が、どの面さげて」

「さまで、悔やむなれば、なおさらのことだ。その慚愧を、この後の国事へ尽すがいい」

「と仰せられる意味は」

「たとえば、時を待って、河内の楠木多聞兵衛正成をたずねて行け。