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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「多聞、ここへ来い」

さしまねいて、多聞丸の唇へも、かわらけの酒をちょっぴり舐めさせたり、乳のみの三郎丸(後の正儀)を、借り物みたいに、鎧の膝に抱きかかえて、しばらくは子の髪の毛の手触りに、さいごの家庭の味を嗅いでいる風でもあった。

それから、またふと、

「たれでもよいが」

と、廊や武者床にあふれている郎党たちをかえりみて、

「――庭にみえるあの柿の若木の方を、根巻きしておけ」

と、いいつけた。

すぐ二人の若党が、下屋から鍬を持って来て、柿の根廻りを掘りおこし、素縄からげに根を巻きおえたが、しかし「……なんのために?」と、みないぶかしげな顔をしていた。

正成はまた庭へ向って、

「その柿の木は、わが家の宝。すぐ担いで行って、わが家の菩提寺中院の庭の、ほどよい所へ移植しておけ」

と、命じた。

「かしこまりました」

若党たちは、柿を四纏に担ってすぐ庭門から出て行った。けれど正成の真意は、いよいよたれにもわからない風だった。――その中にひとり久子だけが、今朝は見せまいとしていた涙をかくしきれずにいた。

その柿は、土地の風習にしたがって、彼女が楠木家へ嫁す日に、生家から苗を移して来たものなのだ。