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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「兄上っ」

あわただしく、櫓へ駈けのぼって来た正季が、昨夜来、夜すがらそこを陣座としていた正成へ早口で告げた。

「いつのまにか、宮のお姿が見えません。四条殿をお供に、陣脱けされたものとみえます」

「なに、宮が」

正成は、ちょっと色をなしたが、しかし驚いた眉ではない。嘆息だった。

「……ああ、ついにお怺えなく、ここを落ちてしまわれたか。切に、お止めしておったのだが、ぜひもない」

「兄上、城中の兵には、なんと触れおきましょう。笠置は落ち、ここの天皇御名代の宮までが、ご落去とわかったら、いかに股肱の兵でも、はや戦う気にもなれますまい」

「正季。おまえは」

「え」

「はや挫けたか」

「なんで、この期に」

「そうだろう。ならば、ほかの面々をも、疑うのはよくない。こんな小城、こんな小勢、疑えばすぐにも割れる」

「では、宮のご失踪も、あからさまに触れおきますか」

「む。御脱落は残念だが、敵にとらわれた父皇をお慕いの余り、ここを出て、みかどと運命を共にせんとの御至情かと察せられる。……そのとおり各部署の将兵に、告げわたしてよいぞ」

正季はだまって去った。

この一事も、孤塁の士気を、沮喪させたことはいなみえない。