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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

その点、「増鏡」でも古典「太平記」でも、ここらはおよその見当で書いたらしく、道中の日時、日程などの記述は、どれもはなはだ不確実だ。――かりに増鏡などの日どりで行くと、一日十数里も歩いたわけになるが、とてもそんなに捗りえないことは常識からもいうまではない。

で。加古川を朝出た帝の駕が、その夕べ、着いたところは日女道(姫路市)の姫山の丘かと見られる。

そこには、後嵯峨法皇のご祈願所、称名寺があった。堂宇十四坊。まず申し分ない宿営の地といっていい。

そこへ着くと、すぐだった。

道誉はつぎの路次の予定を、警固の全員へ公示していた。

「――明日、道は今宿より西と南へ岐れるが、南の山陽道をとって、斑鳩を経、船坂峠をこえ、やがて美作、伯耆、出雲へと越え出るぞ。そのつもりで、明朝も早立ちの用意抜かりなくいたしおけ」

ところが、である。

翌、十四日の早暁、ここを去った列は千葉、小山のひきいる兵六百余と四つの輿だけで、佐々木道誉の一群は、なぜかあとに残り、ややおそく姫山を立った。

また、それだけでなく、姫山の西方半里の今宿から、道誉の人数のみは、さらに道を西へとって、播磨と美作の国ざかい、杉坂へ向って行った。