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しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(五)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 頁

青空文庫

「はて。喧嘩でもないのか?」

和氏の駒が、そこへ近づきかけたときである。とつぜん、髪ふりみだした一人の女が、つむじのように、浜の方へ走って行った。刎ね飛ばされた者は腰をついて、あッけにとられ、群集はまたまた笑って見送っていた。

「師氏、なんだあれは?」

「ごらんなされましたか。近ごろやたらに多い犬神憑きです。そのあわれな一人でございまする」

犬神憑きとは。

いまでいう恐水病、あの狂犬病のことだろうか。

鎌倉の戦後には、それに類した病症の男女が焦土の巷にいくらも見られた。

焼け落ちた門、はや、夏草を見せだした瓦礫のかげなどに、よだれを垂らして、よく昏々と、うつむいている。

うっかり寄って、その目に射られたらことである。すぐ咬みつく。犬のまねして、けんけんと啼き狂う。女は女を忘れ、少年は少年の含羞もなく荒れ猛ぶ。

「咬まれると、咬まれた者へ、犬神がのりうつるぞ。ぶっ殺すしか癒すみちはない」

それを悲しんで、縁につながる家族らが、よく巷で追っかけ廻している図も見るが、当人は骨肉の見さかいもなく、身のかろいこと、狼か飛鳥のようで、たれの手にもつかまらない。

由比ヶ浜の波は、そうした犬神憑きの死骸を、もう幾十体呑み去っていたことか。