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しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(五)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 頁

青空文庫

――なぜならば、ここまで来ればもう御座のあたりの賑わいも御灯の色めきもそれと洩れ窺われるはずであった。しかるに雪の夜の大殿籠りそのままに蔀も扉も見わたすかぎりは閉じられて、すべて墨を刷いたような森閑たる夜気ではないか。いや鬼気ともいえる人気なさではないか。

「在房っ」

「は。……はい」

「待てっ。不審なあるぞ」

「おゆるしを!」

「なにッ」

「ごめん」

在房は、とつぜん、手の脂燭を捨てて、だだだだッと、逃げまろんだ。それが合図だったのか。とつぜん、宮のうしろから鬼のような固い具足の諸手が組みついて来た。

でん!

宮は渾身の力で、とっさ、組みついてきた者を、肩ごしに大廊下の床へ投げつけていた。

冠も飛ぶ。

束帯の裾が、同時に、長い弧をえがいた。すかさず、べつな武者へも宮は足蹴をくれるやいな、だっと、元の階段のほうへ、一躍しかけた。

逃げようと、なされたものにちがいない。中重ノ門までもどれば、殿ノ法印以下、腹心の随身たちがこの身を案じて待ちひかえている!

だが、それらの猛者の家来どもを宮から遠くひき離すためにも、この御座にも間近な鈴の間の大廊下が、あえて用いられたに相違なかった。