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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
本当の唯物論は歴史的唯物論(但し必ずしも「史的唯物論」に限らない)即ち弁証法的唯物論であるが、そこでは直観というものに就いても、その認識論的成立の歴史が重心をなしていることには、見易い理由があるだろう。で直観は、概念との連関に於てしか、直観そのものとしてさえ把握出来ない。で、世界についての直観即ち世界観も亦、ここに基準を置いて初めて、唯物論的な(弁証法的唯物論的な)根本概念となることが出来るだろう。
直観に較べると、世界直観即ち世界観は、直観の一種の複合体(直観のシステム)である。従って世界観に対比され、直観に対比された概念に対応する処のものは、云わば概念の複合体(概念のシステム・体系)であることになる筈だ。概念は直観から生成し、そして又新しい段階の直観を結果するが、概念のこうした工作過程に相応する機能を、今の概念の複合体・体系が営む場合、そうした概念複合体はもはや単なる体系ではなくて、恰も方法というものになるのである。方法は世界観から生成し、そして又新しい段階の世界観を結果するのである。
世界観が、だから、方法との連関を離れて問題になることは、唯物論(本当の)では出来ないことである。