輕讀日語

輕鬆讀懂日語經典作品

ja-reading.com

輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁

青空文庫

第三部

21 常識の論

適当な言葉がないと考える必要はない。物を実体的に考えて決して単に機能的にだけは考えようとしない唯物論(横光はマルクス主義を実証主義と呼んでいるがそこから飛んでもない間違いが出て来ているようだ)には、この実体的な公平無私を云い現わすのに、党派性という皮肉な言葉もあるのだから。

『上海』や『紋章』を読むと、民族や人種や血統の高貴と云ったような問題にぶつかる。之は日本精神や日本文化の強調につながっているのである。併し之も亦例の均衡理論と無縁ではない。均衡論の静止の道徳は、遂に茶の湯の真髄に徹せよということになる。云うまでもなく之は日本文化の絶頂だと説明されている。――私のようなものも茶の湯の世界の「好さ」を理解し得ないのではない。だが決して之に感激は出来ないのである。この点が横光利一(に限らぬ)の心境と私などとを絶対的に区別する。私はこの点到底我慢が出来ぬ。之はただの趣味の問題ではない。

(一九三五・六)

第三部

21 常識の論

かつて私は常識とは何かということに就いて分析を試みたことがある(拙著『日本イデオロギー論』〔前出〕)。最も重大な要点は、今でもその時と同じ点にあると考えられるのだが、多少の補正をしながら、再分析を加えて見たい。