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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

線上閱讀柳田 国男《故郷七十年(こきょうしちじゅうねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 頁

青空文庫

同じく子供のころのことで、いまもしきりに思い出されるのは、長兄の許に嫁いで、母との折合いが悪く実家に帰った兄嫁のことである。北野の皐という医者の家であったが、その前に夏になると美しく蓮の花の咲く大きな池があった。辻川の灌漑用の貯水池であったが、ある冬の日、二、三人の友人たちとともにそこで氷滑りをして遊んでいた。子供のことで気がつかなかったが、池の中心の方は氷が薄くなっていた。家を出された兄嫁は土堤からみつめていたのであろう。忘れもしない、筒っぽの着物を着て、黒襟をつけた兄嫁は、いきなり家から飛び出して来て私を横抱きにすると、家へ連れていったものである。

実家に帰ってもやはり姉弟の情愛があったものであろう。私はいつも帰郷するたびにそのことを思い出し、一度は昔の情愛を述べようと、再婚先の伊勢和山の寺を訪ねたことがある。兄嫁は折悪しく留守で、その機を失してしまったことが、いまも悔まれる。夫君はその頃大真さんとよばれ、美僧で村の有力者であり、加東の方の寺の住職をも兼ねた、天台宗門の相当な有力者であった。

私が辻川にいたころは、茨城県から長兄が送金してくれるのだが、私は北条の町まで二里、為替をとりにやらされるのがつねだった。