輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
線上閱讀柳 宗悦《民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 182,248 字 · 368 頁
一一
一一
このことを想うと、同じ念仏門の教えでも、余りに信に重きを置くのは、下々の者には酷ではないか。信も力であるから、力なき者はそれすらも得難い。もとより信を取り得れば不退転の人とはなろう。信に活き切る法味の深さは言葉に余る。「信心為本」を説くのは、信仰の者の声なのである。それが如何に光に満ち満ちたものであるかを知りぬいているからである。
だが悲しい哉、その信をすらも取り得ない者が無数に残る。信を取れというのは、それを取り得る力を求めるにも等しい。だがその力のない者にまで道を用意するのが、念仏門の志ではなかったのか。善と悪とに依らないのと同じく、また賢と愚とに係わらないのと同じく、真の他力門は、信と不信とにも便るべきではあるまい。このことを想うと、一遍上人は念仏門最後の教えを説いた人といえよう。彼はついに信心を本と為す立場を越えた。「信不信を言わず、有罪無罪を論ぜず、南無阿弥陀仏が往生するぞ」と説いた。人が往生するのではなくて、南無阿弥陀仏自身の往生だと指すところ、意味深遠である。何ぞ下々の者に信による往生が出来ようか。だが信不信すらも南無阿弥陀仏の往生を左右する力ではないのである。