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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

……おいいつけの湯もたぎらせ、茶堂のお支度もととのえましたが」

「登子か」

守時は振向いた。

そして遠い所の声のぬしへ。

「そうだな。客人にお気づまりをさせても悪い。いっそ、そなたの手でこれへ持てまいらぬか」

簾の蔭で、「……はい」と、きれいな答えがしたようであった。その黒髪の人が、廊の奥へ消えてゆくのを、高氏は見もせぬ振りで見送っていた。

「じつは今朝、茶堂に用意させておいたのだが、かえって、それも迷惑であろ。いまこれへ運ばせる。さ。おくつろぎあって」

「かたじけのう存じまする。したが、鳥合ヶ原へ罷る時刻も、はや遅いほどに思われますが」

「いや、犬合せの番組など、どう進もうが、かまいはせぬ。太守の仰せつけは、単に、和殿を連れまいれというだけのこと」

口ぶりでは、守時も闘犬にはまったく興味がないらしい。それだけでも、高氏はこの人を今の幕府主脳の人物並に、その同列とは見たくなかった。

話のあいだに、二人の侍女が、菓子を供えて退がり、やがてまた、天目台に茶をささげて来た姫と老女がある。

姫は十六、七か、まだ初々しい。高氏の伏し目になったすぐ前に、海棠のような耳を隠した黒髪の簾と白い襟あしが見えていた。