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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

そしてやや腹の虫がおさまり出すと、こんどは野卑な戯れ口で果てしもない。

彼らには、片隅の先客など、眼の外だった。又太郎の方でも、思わぬ光景を肴として、声も低めに、ひそと、ただ杯を守っていた。

「右馬介。……どうやら鎌倉者らしいな」

「さようで。話ぶりでは、鎌倉から紀州熊野へ、何かの御用で行った帰路の者かと察しられますが」

「む。うなずかれることがある。先ごろ、熊野新宮へ御寄進の大釜一口に、大檀那鎌倉ノ執権北条高時と、御銘を鋳らせたものを運ばせたとか伺っていた。それの帰りの一と組だろう、この輩も」

「さてこそです。どうも最前から、犬を連れているのは妙だなと、見ておりましたが」

「なに犬を。どこに」

――犬の一語が、ふと彼らの耳を刺したとみえる。大勢の眼が初めて、ぎょろと、二人を見た。

だが、又太郎の視線とは、ぶつかり合うよしもない。

なるほど、立派な犬が人々の蔭にいたのだ。紀州犬としても優れた名犬にちがいなかろう。琥珀色にかがやく眼、黒く濡れ光っている鼻頭のほか、全身の毛は雪を思わせる。そして大きなこと、白熊のようなといってもよい。

「ははあ、御献上物だな、この犬殿も」