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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

すると、犬か兵か、夜目でよく分らんが、女をすてて一度にわしの方へ咬みついて来た。わしとて、身は守らずにいられない。投げつけ、蹴仆し、中には多少怪我をさせた者があったかも分らんな」

「ともかく立て」

「迷惑だ。陣所へなどまいるのは」

「あくまで腰を上げぬ気か」

「困ったのう」

兼好は呟いた。

「うかと、道ばたのひとの難儀も救えぬとは、さてさて不便な世の中になったもの」

「ぐずぐず申すな。引きずり出すぞ、襟がみ取ッて」

「ぜひもない」

やっと、机を離れて、ふとんの中の命松丸と、台所の媼へ、

「行って来るよ。世間様とのおつき合いは、どうにも仕方がないからな」

と、すぐ垣の外へ出た。

雪の後なので、兼好はわらじをはいた。外にはまだほかの兵が十人もいて、彼を馬の背へ押し上げた。ていのいい捕物である。

「世捨て人にも、災難はやって来るのか?」

するとふと、彼の襟くびの辺に、ふんわりと、あたたかな物がさわった。何げなく手をやってみると、掌の中に雀がはいった。命松丸が飼い馴らしているあの雀である。

チュン!

と雀は嘴を鳴らした。

人に接吻を求めるような姿態である。その掌を顔へ近づけてやると、雀は、兼好の歯ぐきに挟まっていた今朝の汁の実の菜ッ葉を見て、ツイと嘴に奪るやいな喰べてしまった。