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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

と、道誉は思いつつ畏んで平伏した。

武家では、昇殿の資格など滅多にえ難い。まして御簾もない咫尺にまかるなどは、時なればこそだと思った。伝奏にも俟たず、後醍醐はじかにおことばをかけられた。

「佐々木と申すか」

「は」

「ちか頃の扱いは、鎌倉の命か、そちの計らいか」

「公でもなく、一存でもございませぬが、内々には、相模入道(高時)どののおゆるしをえております」

「公でなく」

「はっ」

「……そうか。するとそちの心入れでもあるのだな」

「余りなおいたわしさに、いささか、苦慮をめぐらして、お扱いかたや改善の儀などを、相模どのへ、嘆願つかまつッたわけでござりまする」

こう聞かれて、帝はこの間じゅうからの疑念をほっとお休めになったらしい。同時に、

――頼もしき者

と、道誉のうえに、巨大なお眼をじっとそそがれた。

道誉は、なにか持って行かれそうな心の斜面にふと畏怖をおぼえていた。魅力などという生やさしい引力ではない。もっと崇高で怪しきまでな誘惑だった。出世のつる、栄華権勢の欲望など、ほしいまま何でもつかめとばかりな甘い秘密なきが、たとえば深淵の珠のごとく、帝と自分とのあいだには今ある気がした。