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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「禧子。身を大事に。……この期にわが身のしてやれることは早や何もない。ただ内親王(二人の仲の女子)を身のかたみと思うて、つらい日を忘れて暮らせよ」

そこの後醍醐の影も、お一人ではなかった。警固の武士が、くろぐろと後ろに見える。恐い耳があるのだ。かりそめな言葉の端も口には出せない。

「みかどにも。……どうぞ、おからだのみを。……そればかりが」

中宮は言いかけてはすぐ後も先もなく車の内の身もだえに消え入った。そしてもう鼓楼で告げる卯の刻(午前六時)の太鼓に胸を挫がれた。

「時刻だ」

どこかで荒々しい声が告げる。

「中宮のお供たち。早や御車を返されい。ぐずぐずしていると道を塞がれるぞ」

空も明るむ。六波羅中は、黒い霞の中で、俄に活動し出すような物の気配だった。

いやおうはない。糸毛車の簾が閉じられるやいな、わだちはもとへ旋っていた。中宮の慟哭そのままに、車の姿も、中門の外へ、揺れ揺れ消えた。

同時に。

中門廊の後醍醐の影も、黙然と、廊の奥へ消え行かれた。――昨日からのこと。お座所は、樗門の獄舎から庁の主殿の一室へうつされていたのである。

獄の垢、爪、理髪、お髯まで、すべて身浄めや衣服のかえはここで行われた。