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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「つかの間なりと、咫尺に天顔を拝して」

と、自分たちのこの思いを、なんらかによって、帝のお胸へ、結んでおかぬことにはと、お道筋を先へ廻って、時刻をはかっていた今夜であった。

「大覚さま」

高徳は、立ち上がって、

「おそらく、行宮のまわりには、警固の武士が、夜すがら交代で見張っていましょう。高徳がさきに忍んで、在す所を見とどけるまで、宮には、遠くにお身を潜めておいでなされませ」

笠や蓑を取って、大覚へ着せ、彼も半蓑に竹笠をかぶった。

やがて近づいた倉院の屋根は、雨上がりに似た深い夜靄のうちに寝沈んでいた。――この晩、ふたりにとってはじつに絶好な機だったといってよい。――警固がわの武士も久しぶり気をゆるして心から疲れを慰していた夜であったし――あちこちの篝火もほんの明るみだけで、どこにも人影や剣光のうごきはない。折々、サヤサヤと花のこずえが鳴り、柵もない倉院の満庭はただ斑々な落花の静寂であった。

「このぶんなら」

高徳は、大覚を物蔭にのこして、倉院の建物へ忍びよって行った。

警固の人馬はあらかた津山川の河原近傍から、蓄備の土倉の方に屯しており、ここの古建物の行宮も、いわば地方の郷役所にすぎない物、さして奥深いともみられない。