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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

殿ノ法印良忠を呼んで、

「そちは残れ。そして、八王子から三ノ宮林へかけ、たくさんな松明をとぼし連ねて、敵をあざむく擬勢をつくれ。そのまに、われらはべつな道より、山を降りて落ち行こうほどに」

と、いいつけた。

これを聞くやいな、花山院ノ師賢以下の公卿も、おのおの素破と身じたくに慌てだした。

大塔ノ宮護良も弟宮の宗良も、その夜のうちに山門を落ちて、はやくも“落人”と変り果てた身を、暗い湖上の秋かぜに吹かれていた。

湖畔の柳ヶ崎から、堅田舟の一ツに乗り、瀬田川をのぼって石山寺へ――という一ト先ずの御思案らしい。

さすが、一山のうちには、

「宮々御落去」

と、知って、おあとを慕う法師武者も少なくはなかった。それらの人数も前後して、陸路や舟で思い思い追っかけまいらせた。

しかしまた、宮の扈従でいながら宮に迷ぐれて、散り散り舟にも乗りおくれたりした公卿もある。

花山院ノ師賢など、その一人だった。

師賢は、馬を拾って、大津の方へ駈けたが、いつか前後に味方もみえず、夜も白みかけて来る心ぼそさに、

思ふこと無くてぞ

見まし ほのぼのと

あり明けの月の

志賀の浦なみ

などと、日ごろの歌詠み癖は、口をついて出たが、ついに石山寺の同勢へは落ち合えなかった。