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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「卯木よな。女ひとりで、ようここまで来られたなあ。諸所、戦の血迷いで、旅路もたいへんであったろうに」

「はい。……その戦が起ったため、良人の元成どのも、元の武士に返らねばならないことになりました。それで、ただもう一心に……」

千早川の水音が、崖下から吹き上げてくる。

ここも庭内だが、呼ばぬかぎりは人の来るはずもない。――正成のむねには、左近と松尾刑部が呼び返しに行った正季の返答如何が、切々案じられてはいたが――しばしは眼のまえの卯木に、自分を貸していた。

「ああ」

妹のはなしにも、彼はまた大きく嘆息をもらした。

「……では何か、そなたの良人元成も、ついに芸道への望みもすて、以前の武家に返らねばならなくなったか」

「はい。……この一年あまりは、具足師の柳斎に匿われておりましたが、その柳斎も、夏の初めから行方知れず、ぜひなく、知り人の仮面師の手づるで、住吉の楽座へ入り、太鼓打ちなどしておりましたが」

「むむ」

「良人の養家、伊賀の小馬田の領主、服部信清どののご家来などが、わたくしたち夫婦のものを、八方さがしていたのでございました」

「伊賀へ帰れとか」

「はい。……でも良人は、たとえ、ご勘当はゆるされても、帰る気はない、とうに武士は捨てたと、言い切ッておりました。