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しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(五)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 頁

青空文庫

一面の海をのぞけば、鎌倉の街そのものが釜の底といってよい。その中で煮られる豆みたいに府民は家もすてて泣きさまよった。山へ走れば山はどこも兵の陣場になっているし、浜へ逃げれば、沖には兵船だけで、小舟一そう渚にはない。

けん、けん……と、どこかでは群犬の声が雲にこだましている。鳥合ヶ原のお犬小屋の狂いであろう。動物的な官能は彼らのほうがずっとするどい。人間は眼前のものと戦い、なお頽勢をもりかえそうと晦んでいるが、天に吠える群犬の声にはいんいんとこもる悲哭があって、すでに未然の何かを知っていたかと思われるものがあった。

「二度とは見まい」

守時は、誓って出た。

「ここ、住み馴れた鶴ヶ岡も、赤橋のわが家も」と。

執権御所の内で、

「征け」

と高時から令をうけたのが十七日のひるさがり。家は柳営に近く、勢揃いも八幡社頭でおこなわれたので、つかのま、彼はやしきへも立寄っていた。

女童や老女まで、およそはみな暇をやってあったので、百年の歴史をもつここの門も空風が鳴っているだけだった。ただひとり残されていた老家職が、守時のすがたに、さんぜんと咽び泣いた。

「よいか。心得たるか」