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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく

文化史上より見たる日本の数学

三上 義夫

線上閱讀三上 義夫《文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 頁

青空文庫

ないのではないかを論じたのである。

しかし一方から考えると、数学だの科学だのを深く学ぶと、人はとかくに理屈っぽくなる。人間味が弱少する。人間味が弱少すれば、従って芸術味もまた失われよう。美術を見ても、形や色が自然に類するや否やは益々識別するの能力も発達しようが、単に形似の鑑別に止まり、芸術的の真価が那辺にありやはおいて問わなくなる。科学的の知識が進むだけ、益々芸術の鑑賞限を失う。

こういう傾向はおそらくあるであろう。科学と芸術とは両立せぬ、また両立し得ぬともいいたくなる。

私はかつて二本松に遊んだ。二本松に発句が好きで、しきりにやっている人があった。二本松辺の旧和算家も例に漏れず、ずいぶん発句など詠んでいたもので、その短冊なども遺っているのであるが、発句の先生はこれらの遺篇を見て一向に感服しない。発句はこういう風に理屈っぽく詠んではいかぬ。今少し平明に感情が流露しなくては駄目だというのであった。算家はやっぱり算家で、たとい発句を詠んでも、算家らしい発句しかできないというのであった。

これはもちろん二、三の人々の詠を見て評したもので、全般の議論ではない。