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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《江戸三国志(えどさんごくし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 頁

青空文庫

次郎はいよいよ変な顔をして、鬢掻きを挿した男の顔を見上げていますと、男はまた口をついて、

「その太夫さんがいうには、ぜひ一度、曲独楽を見物に来て、楽屋へも遊びに来てもらいたいということだ」

「おじさんは、人違いをしているんだぜ」

「人違いなことがあるものか、小川玄堂さんの家で、怪我人に付き添っている高麗村の次郎というのは、お前よりほかにありはしまいが」

「おかしいな」

「なぜ」

「なぜだっても、おいらは、そんな太夫さんなんて者を知らねえもの」

「なるほど、こいつあおれが言い落としをしている。嵐粂吉じゃお前さんにも分らないはずだ、その太夫というのは、この春頃、熱海にいたお粂という人だよ、丹頂のお粂という綺麗な人さ」

「あ、あの、お粂さん」

「知っているだろう。じゃ、今の言伝も分ったね」

といったまま、髪結の男は忙しそうに、踵を返して、横丁へかくれて行きます。

気がついて見ると、万太郎の駕とそれを囲んでゆく曾根権太夫たちの列は、すでに、一町も先へ遠のいているので、次郎は、

「あ!」

と、野槍を小脇に持ち直しながら、あわてて後から駆け出しました。

かくて徳川万太郎は、その日から、秋元家の家老曾根家の上屋敷に食客となって、かたがた玄堂の治療をうけながら、寝たい時に寝、起きたい時に起き、人の羨む自由気ままな数日を送っている。