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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《江戸三国志(えどさんごくし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 頁
「私が陰気なので、あれだけは、若い娘らしく、せめて山屋敷の中だけでも、好きに、飛び歩かして置きたいと思います」
「結構だ。けれども二官殿」
「え?」
「気をつけろよ」
「…………」
「其方はまだ知らんようだが、悪い虫がついておる」
「……悪い虫が?」
筆架へ筆を置いて、二官はゾッとしたように色を変えます。
「ウム、仲間の龍平!」と河合伝八、妙に力を入れて、
「あいつ、拙者の見るところでは、どうやらお蝶に甘い言葉をならべて……」
なおも言いかけようとした時に、コトン……と勝手の水口で、誰やら帰ったらしい物音。
色を変えてボウとしている二官の前に、いつか伝八の姿は去って、入れかわる夕闇の畳目に、ゆらゆらと明りを揺らせて歩いてくる、朱骨の行燈とお蝶の裾。
「お父さん」
「…………」
二官は腕を組んだまま。
「ここでよろしゅうございますか」
八畳の間の中ほど、竹脚の膳の出ているわきへ、行燈をすえて父に聞くのを、振り向きもしないで、
「ウム……」
不きげんに、言ったのみであります。
気にもかけないで、お蝶は、長い派手な袂へ片襷をかける。
そして、暫くは、勝手で瀬戸物の音がつつましく、この寒いのに、香の物をきざむ音が、子煩悩な二官の腸へ沁みてきます。