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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《江戸三国志(えどさんごくし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 頁
そうでしょう、これから官庫の戸前を開けて、男の歓心を買おうとするお蝶が、それくらいのことで、いちいち心臓を息づまらせていたひには、この暗さだけにも堪えられたものではない。
切支丹屋敷の官庫。
俗にお山庫とよぶ土蔵の白壁の前に、やがて、さまよう人影があったのは、お蝶と龍平であったでしょう。さびしい夜廻りの警鼓と提灯が、半刻ほどの間に一、二度、ぼたん畑から埋め門の辺を廻って、そこを通り過ぎましたが、しかし、その頃には、別だん何の異状も見えなかったのであります。
けれど、それを遣り過ごすと暫くしてから、
「お、鍵は?」
と、うしろで、龍平の低い声がします。
くずれた石垣の蔭から、無言で姿をみせたお蝶は、帯の間から取りだしたものを、思い入れして男の手へ渡しました。
かの女は、このお山庫の中に、およそどんな貴重品があるかをよく知っている。それは春の日永な頃などに、二官が調べものの書類をさがすのを手伝いながら、あきるほど見覚えていたものでしょう。
百数十年来――二代将軍時代からの煤とほこりの中にそっと埋まったままそこにある物はといえば、手のつけられないガラクタもあるが、中には真珠の念珠、黄金の笄、珊瑚の法杖など、すくなからぬ金目の品物が、まま妙な箱や、聖像の銅板や、きたない襤褸の間などから転げて出る。