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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

その置文は、あの朝、密かに焼きすてて、内容だけを、自分一人の胸に秘封してしまったのだ。その日から、高氏という人間はどこか違って来ている。又太郎高氏の再生が始まっていたといっても過言でない。――許した母の清子が、「もいちど、男の子を生むにひとしい陣痛」といった意味も、今にして、よくわかる。

だから、もし、置文を見ぬ前の高氏であったら、多摩川の場合にせよ、新田を先に渡してただ見てはいまい。――臆病な彼がよけい臆病に見え出したのは、置文を焼きすてた朝から、彼の内容において、生命の比重がちがって来たのである。何かにつけ、「……生命なくば」と大切に思い、そのいのちも「……長からねば」と、心がけるようになってきたのは争えない。

また、今日の佐々木道誉との対決にしても、である。

ひとたび、彼が堪忍を破って、事実をたてに、言いたいことをいわんとしたら、どうなったことだろうか。

――それを、じっとこらえて、ただ被疑者の弁解ですまして来たのは、伯父憲房の忠言にもよるが、高氏の胸に、かの啾々たる置文の声があったからである。「……小事小事。かかることは一切小さい。大事は前途にある。