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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

「藤夜叉」

そつ然と、彼は何かに衝きのめされていた。急に、彼女のそばを離れて立った。

「わしは帰る。またいつの日かに会おう。それまでは」

「えっ、もう」

「わしが迎えてやるまで、義父の花夜叉の許にいるがよい。無情いと、恨むか」

「お恨みします。せっかくお目にかかれたのに」

「ままにならぬ。ああ、そこがままにならぬのだ。藤夜叉、そなたも右馬介のように、わしを思うなら、しばらく、遠のいて、わしに姿を見せずにいてくれい」

「な、なぜでございます」

「いまにわかる」

「では、和子の身は」

「わしの子でないとはいわぬ」

「それだけですか」

「成人の後、右馬介がそなたに誓った通りにしてやる。そなたもきっと高氏のそばに迎え取らせる。よいか、聞きわけてくれたろうな」

「小殿。藤夜叉は、そんな出世を望んでいるのではございませぬ。ええもう、お情けない」

藤夜叉は、離さじと、しがみついた。彼女には、高氏にない庶民の強さと野性の奔放がある。いや子を産んでから、ひときわ熟れてきた女体があった。またしても高氏は、伊吹の悔いを、松風の闇についくり返した。――彼女の烈しい求欲の腕に負けた。

ふたりの体に、そこの朽ちた板縁の松落葉が、いっぱい、たかった。