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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

「のら犬めらが」

菊王と助光は、下屋の縁で、その者どもの影を睨んでいた。

宵から、附近には、ここを見張っている屯篝りが、不遠慮に、夜空を赤くしていたのである。

――が、夜半ともなると、立ち武者どもの火も細々と薄れ、熊野の曲もやんで、やがて奥の寝所の蔀も下ろされた。で、助光たちも、刀を枕に、下屋の端に、しばし、仮寝の姿を取った。

――と、墨のような丑満頃、

「菊王。菊王やある」

と、奥の方で、おあるじの呼ぶ声だった。

細殿の簾に、微かな灯揺らぎが窺われる。

硯筥を横に、おあるじの白い影は、いま筆を擱いたかのように、そこに独り寂としていた。

「菊王。まいりました」

「お……。もそっと、寄れい」

「はい」

と、かがまり進んで。

「なんぞ御用にござりますか」

「さればよ……」

俊基は、まだ墨の香もする自筆の手紙を、小さく封じて、膝の上に握っていた。そしてこの侍童菊王の、性根の底までを見入るような眼を凝らして。

「菊王。頼みなある。そちならではと、見込んでの頼み。してくれるか」

「何事か存じませぬが、菊王ならではとの仰せ、うれしゅう存じまする」

「余の儀でないが、俊基が鎌倉へ送られた後、機を見て、この一書を、河内国のさる人の許へ、しかと、届けてもらいたいが」