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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

「……ふ、ふふふふ」

つい、又太郎は、独り笑いを杯に咽ばせてしまった。と共に、酒に酔った犬飼の手綱を抜け、いつのまにか側へ来て、自分の足もとを嗅いでいた紀州犬の鼻ヅラを見たので、いきなり足をあげて蹴飛ばした。――それは、まったく彼の意識なき衝動か、酒興の発作ではあったらしいが。

人間どもに仕えられて、近ごろ驕っていた犬である。

けんっ――

と、するどく悲鳴して、四肢を退くと、怒りを眸に示して、ひくく唸った。

犬以上にも驚いたのは、飲みはしゃいでいた人間どもの方である。場所はせまい小酒屋の土間。「――すわ」といっても、小早い身うごきは出来ッこない。どっと、壁を背にした空間を前に作って、さて、あらためて一せいに相手の在る所を睨めすえた。

「やいっ。――蹴ったな、蹴りおったな。神宮の禰宜どのから、鎌倉殿へ御覧に入れようがため、おれどもが預かって、道中これまで護って来た大切な、おん犬をば」

宰領は、足軽頭か。

太刀のつかを叩いて、犬の代りに、吠えている。

「は、は、は、は。……おん犬とは」

またしても、又太郎が嘲笑するので、右馬介は気が気でなく、酒板の下で、その袖を、引っ張った。