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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

高氏は、ゆうべの寝所をさがし当てて深々と眠った。かつてない幸福そうな寝顔にみえる。その気配を窺って、隣室の右馬介も、やがて安心したらしい鼾となった。

旅の風はまたふたたび、馬上の高氏の鬢面をソヨソヨ後ろへ流れてゆく。

その朝、彼は伊吹を立っていた。

別れぎわには、佐々木道誉以下、土岐左近らも、とにかく表面ねんごろに別辞をつくした。わけて、道誉は、

「きっと、御再会の日をお待ちする。その日はさらに、吉い日の下で」

ふくみのある言い方と、他日の誓いを、くりかえした。

高氏の胸には「……また、いつかは」と呼ぶその声が、谺のように後ろ髪を曳いていた。――が、それは道誉のでなく、心から心へ聞える藤夜叉の声だった。

その藤夜叉は、今朝は見えない。――どこかで今朝はその眸を、人しれず、牝鹿の眼のように泣き濡らしてでもいることか。

が、口にも出せず、ただ胸のうちだった。

そして不破ノ関をこえ、関ヶ原もすぎると、去る者うとしとか、おのずから、高氏の眉も、日頃の彼に返っていた。

「なんと右馬介、とこうして、国へ帰ると、はや二月だな」

「はい。春の遅い足利ノ庄も、みな梢につぼみを持って、若殿のご帰国を、お待ちしておりましょうず」