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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

――いや彼が稀世の怪物なら、時雲のうごきも一寸さきが逆睹できない怪雲であるから、彼自身にさえ、ほんとの腹は固まってないのかもしれなかった。しいて本音を吐かせれば「……いやその両方だ。生きるからには婆娑羅に世をたのしみ、あわよくばまた、天下も取りたい」と、空嘯く者なのかもしれない。

だが道誉は元来、ふっくらした美男子だし、若入道ぶりも異彩で、そんな毒のある河豚とは見えず、むしろ人を魅するものさえある。その日、さっそく樗門のお囲いへ伺候したうえ、

「今日よりはお獄舎へ、夜の灯も、火桶(火鉢)も差し上げますゆえ、昼や御寝の座までも、充分お凌ぎよいように、お用いください」

と、申し入れた。

板屋の内には、わずか二人の公卿が、後醍醐の侍側としていただけだった。一条の頭ノ大夫行房と、六条の少将千種忠顕だ。

「えっ、火桶を下さるとか」

彼らは狂喜した。すぐ奏聞にと、一種の獄臭がこめている薄暗い奥へこけ転んで行った。

別院とはいっても、ここは別院の書庫か物入れにでもしてあった建物らしい。

高い所に、角な切り窓が一つあるほか、明りの入る坪縁もなく通い廊もなかった。洞然たる幾つかの箱部屋と荒土の塗籠である。