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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「おう、正成殿にも、そのうちお見えにはなりましょう。ここしばらくは、妻子の顔も見られぬと、仰っしゃってではござりましたが」

「では、麓ですか。赤坂のお城にでも」

「いや、いや」

刑部は辛そうに顔を振った。

「赤坂を奪り回した後も、おやかたには、席あたたまるお暇も見えません。先頃、吉野の大塔ノ宮をおたずね申しあげて、一たんここへお帰りでしたが」

「今は」

「密かに、摂津の天王寺辺に、出ておられるかと察しられまする。おん方やお子たちの無事を、すぐそこへ早打ちして、ご安心にそなえましょう。……何ぞ、ついでに、奥方にも一ト筆お便りをなされませぬか」

刑部は、硯箱を取り寄せた。なしうる唯一の慰めとするように。

しかし、久子は筆をとらなかった。良人とは、かねて誓っていたこともある。――帰っては来たけれど、ここは良人が骨を埋めるといっていた戦場だった。一族、赤坂へたてこもる日、水分の家庭は焼き払っていたのである。

「幼い者も、みな無事ですと、それさえお告げ給われば」

彼女は、そこから少し降りた多聞寺へ移って、その晩からまた、かねて良人にいわれていたとおり、ただ平凡な母親の任だけを任としていた。