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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
況て飛騨山中の冬の夜は、凍えるばかりに寒かった。霧に似たる細雨は隙間もなく瀟々と降頻って、濡れたる手足は麻痺れるように感じた。
併し彼女は飽までも強情であった。倒るるまでは進むという覚悟で、方角も知らずに起きつ転んづ、盲探りに辿って行くと、兎も角も普通の山路らしい処まで漕ぎ着けた。東に迷い、南に迷い、彼女は実に幾時間を費したか知らぬが、人の一心は怖しいもので、何うやら斯うやら彼の難所を乗切ったらしい。
ここまで来ると、流石のお葉も寒気と疲労とに堪え兼ねて、唯ある大きな岩の蔭に這い寄ったが、再び起ち上る元気は無かった。彼女は殆ど夢のように倒れて了った。
雨は何時か降歇んで、其夜も明け放れた。暁の霧は晴れて、朝日は昇った。父を尋ぬる市郎も、同じ時刻に此の山路へ迷い入って、或は此のあたりを過ぎたかも知れぬが、お葉は遂に見出されずに了った。
ここで市郎に見出されたら、お葉は何んなに幸福であったろう。ここで重太郎に見出されたら、お葉は何んなに不幸であったろう。飽までも運の悪いお葉は、第二の籤を取らねばならぬ不幸に陥った。彼女はここで重太郎に見出されたのである。