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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
(三十三)
「この山を降りて樅の林を抜けると、町は直に見える。僕の家は角川と云うんだから、町で訊けば直に判る。」
角川と聞いて、男の顔色は少しく動いた。市郎の顔を再び覗いて、
「あなたは角川の若旦那ですかい。」
「むむ。僕は角川の倅だ。」
「へえ、そうですか。」と、考えて、「大旦那はまだ御健康ですかい。」
「え、お前さんは僕の親父を知っているのか。」と、市郎は不審の眼を晃らせると、男は忽ち頭を掉った。
「いいえ、お目にかかったことは有りませんが……。何しろ、それじゃア直に行って来ましょうよ。」
「何分頼むよ。」
「よろしい。待ってお在なせえまし。」
男は口早に、身軽に起上って、衣兜から新しい手拭を把って頬包りした。
「旦那、この綱は大丈夫ですかい。」
「むむ、上の岩に緊乎結び付けてある。」
市郎は自分の胴に巻いた毛綱を解いて、傍の岩角に結び付けると、男は之に縋って登り初めた。かれは鉱山生活に慣れているらしい、手は綱に縋り、足は岩に踏みかけて、案外無造作にするすると登って行った。穴の入口に達した時に、彼は下に向って声をかけた。
「旦那、行って来ますよ。」
(三十三)
虎ヶ窟に於て是ほどの事件が出来している間に、彼のお葉と重太郎とは、何処に何をしていたであろう。