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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
(三十一)
それも尋常一様の別離でない。父は夢のように姿を隠して、夢のように死んだのである。加之も人間の通わぬ窟の奥、暗い蝋燭の下で其悲しき死顔を見たのである。
市郎は父の亡骸を抱いて泣いた。
(三十一)
この時、背後の方から不意に物の気息が聞えて、何者か忍び寄るようにも思われたので、市郎は手早く蝋燭を把って起上ると、余りに慌てたので、彼は父の死骸に蹉いた。広いと云っても一坪にも足らぬ岩の上である。彼はあッと云う間に足を踏み外して、深さも知れぬ暗い底へ転げ墜ちた。
が、幸いに彼の身体には例の毛綱が結び付けてあるので、市郎は岩から墜ちる途端に、早くも綱に取付いてずるずると滑り墜ちると、二三間にして又もや扁平い岩の上に止った。横さまに跪ずいて倒れたので、左の膝を少しく痛めたが、差したることでも無いらしい。彼は疼痛を忍んで直に起き上った。其片手には消えた蝋燭を後生大事に握っていた。
斯くして彼は父の死骸から遠ざかって了ったのである。引返そうにも足がかりが見出されぬ。降りる方は比較的容易であったが、登るのは余ほど困難であるらしい。斯うなるからは寧そのこと、どん底まで真直に降りて行って、彼のお杉の安否を確めた方が優かも知れぬ。