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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
重太郎はお葉の跡を追って、これも東西の嫌い無しに山中を駈け廻ったが、容易に女を捉え得なかった。嶮岨に馴れたる彼は、飛ぶが如くに駈歩いて、一旦は麓まで降ったが又思い直して引返した。お葉は矢はり山中に迷っていると信じたからであろう。
斯くて此処よ其処よと捜し廻る中に、夜が明けた。彼は目眩き朝日の光を避けて、岩の蔭を縫って歩いていると、不図我眼の前に白い物の横わっているのを見付けた。
「お葉だ、お葉だ。」と、重太郎は跳って近いた。
彼は半死半生のお葉を抱え起して、霎時は飽かずに其顔を眺めていたが、やがて傍の谷間の清水を掏い取って、女の口に注ぎ入れた。死んだ方が寧そ優のお葉は、不幸にも又蘇生ったのである。
気が注いて見ると、自分の手は獣のような重太郎に握られていた。驚いて振放して起上ると、重太郎は再び其手を掴んだ。
「お葉さん。何故逃げるんだ。お前は俺の女房になるという約束じゃアないか。」
「馬鹿にしてるよ。」と、お葉は蒼い顔を瞋らして、眼を吊上げた。
「だって、昨夕約束したじゃアないか。」
「知らないよ。昨夕は昨夕、今日は今日さ。昨夕は雨が降っても、今日はお天気になるじゃアないか。