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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
(六十一)
お葉は雪を払いつつ又起き上った。酒の酔も全く醒めて了った。
彼女も流石に狂人ではない。此の吹雪の中を的途も無しに駈け歩いたとて、重太郎の行方は知れそうも無いのに、何時まで彷徨いているのも馬鹿馬鹿しいと思った。
「もう諦めて帰ろうか。」
それにしても生憎に雪が酷い。兎も角も一時を凌ぐ為に、彼女は此の空屋の戸を明けようとすると、半朽ちたる雨戸は折柄の風に煽られて礑と倒れた。お葉は転げるように内へ入った。
「おお、寒い。」と、彼女は肩を縮めつつ四辺を見廻すと、暗い家の中には何物も無かった。更に雪明りで透して視ると、土間の隅には二三枚の荒莚が積み重ねてあったので、お葉は之を持出して先ず框の上に敷いた。腰を卸して扨ほッと息を吐くと、彼女は今更のように骨に沁む寒気を感じた。
何か焚火でもする材料は無いかと、お葉は急に我が袂を探ると、重太郎に与ろうと思って折角持って来た燐寸は、何時の間にか振落して了った。仕方がないと舌打しながら、倒れた戸の間から表を覗いて見ると、風も雪もますます暴れて来た。こんな所に何時までも躊躇していたら、凍えて死んで了うかも知れぬ。夜の更けぬ間に些とも早く帰った方が怜悧だと、お葉は鬢の雪を払いつつ、弛んだ帯を締直して起った。