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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
(二十九)
「ここが行止りだね。」
お杉は首肯いた。市郎は一度消えた蝋燭に再び燐寸の火を点けて、暗い石室の中を仔細に照して視たが、所々の岩の窪みに氷のような水を宿している他には、矢はり何物も眼に入らなかった。
「何か見付りましたか。」と、お杉は重ねて問うた。其声が四方の低い石壁に響いて、何となく凄愴いように聞えた。市郎は黙って立っていた。
(二十九)
市郎が唯一の希望の光も消えた。あれほどの難所を越えてようよう此処を尋ね当てた効も無く、暗い窟の奥には何の秘密も無かった。彼はお杉に有らぬ疑惑を掛けたのを、今更大に後悔した。
「どうも僕が悪かったよ。」
「じゃア、もう可いんですか。」
「むむ。ここまで詮議すれば心残りは無い。もう帰ろうよ。」
とは云ったが、まだ幾分の未練が有るらしい、市郎は壁に沿うて室内を一巡りした。
「や、あの隅に大きな穴がある……。」
お杉の眼は晃然と光った。市郎は進んで蝋燭の火を翳すと、岩穴は深さ幾丈、遠い地の底でごうごうという音が微に聞えるばかりで、蝋燭の細い光ぐらいでは到底達きそうも無い。穴の奥は深い闇に埋まれていた。
市郎は更に跪ずいて底を覗いたが、底は唯暗いのみで何にも見えなかった。