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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens
だが、ふるえながら、その融けるのを、待つ間の長さと言ったら。快く浸る肌を、何かこそぐる物があれば、それは氷に閉じられていた草木が、解き放たれて、泳ぎ出したのにちがいない。湯は濁っていても、正にこれ薬湯なり、人間臭くないのが、何より珍重というもの。
薬湯の挿図
夜となれば、静寂はまた一倍する。しかも、その静寂の奥に、なお声あり! はるか早川の、早瀬のむせびか、峰々にからむ風の唸りか、はた冴えまさる氷雪のきしり、あるいは樹々の身じろぎ、鳥獣の寝息……いやいやそれよりも、つつましい寒山の静寂、自身のうそぶきとも、ただしは人の心の……何か知らず、鋭い針めいて、しんしん、きんきん、と乱れひらめく、幽そけくも底力ある、あやしい調べが、忍びやかに脳底に刺し徹る……
声やあらぬ雪つむ山の夜半の声
時に、風が持てくる、太皷の遠音。これは狐狸の仕業でない限り、たしかに本堂からだ。私は時おりそこを訪ねて、夕飯と風呂をよばれてきた。日課が終ると、提燈を手に、踏み跡もない雪の夜道を、ひとりこつこつ。月夜か、星のさえた晩は、梢の網目から射し透す冷光と、足に伝わる鋭い雪のきしめきに、思わず出る胴ぶるい。