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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
」
重太郎は黙っていた。
「だから、素直にお帰りよ。」
重太郎は矢はり黙っていた。が、やがて傍の岩蔭に聳えたる山椿の大樹に眼を注けると、彼は忽ち猿のように其の梢にするすると攀登った。南向の高い枝は既に紅い蕾を着けているので、彼は其の二叉の枝を択んで折った。
何うするのかと見ていると、重太郎は其の枝を口に喞えてひらりと飛び降りたが、物をも云わずお葉の前に歩み寄って、二叉の枝を股から二つに引裂くと、何方の枝にも四五輪の蕾を宿していた。彼は其の一枝をお葉に渡した。お葉も黙って受取った。
二人は黙って各自の枝を眺めていた。
「取替えて貰おう。」と、霎時して重太郎は自分の枝を出した。お葉も自分の枝を出した。春待顔に紅い蕾を着けた椿の二枝は、二人の手に因て交換されたのである。
重太郎はお葉の枝を我が胸に犇と押当てた。お葉は重太郎の枝を我が袖に抱いた。重太郎の眼には涙が見えた。お葉も何とは無しに悲しくなった。
「じゃア、もう帰りますよ。」
重太郎は無言で首肯いた。市郎が窟にあると知ったら、お葉は無論引返したであろうが、そんなことは夢にも知らなかった。重太郎も知らなかった。