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ひだのかいだん

飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選

岡本 綺堂

Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens

Aozora Bunko

「貴様は何者だッ。」

敵は何とも答えずに、力の限り跳返そうと悶いたが、柔道を心得たる忠一は急所を押えて放さぬので、敵は倒れながらに刃物を打振って、下から忠一の喉を突こうと企てた。が、右の腕も緊と掴まれたので自由が利かぬ。敵は獣のような奇怪な声を絞って、頻に唸った。

「さあ、どうだ、降参しろ。」

忠一は左に敵の腕を押えて、右の手で敵の喉輪を責めた。敵は苦しそうに唸って悶いていたが、もう叶わぬと覚悟したのであろう、一生懸命に跳返すと同時に、右の手に握ったる刃物を左に持換えて、我と我が胸を力任せに抉ると、鮮血は颯と迸って、上なる忠一の半面を朱に染めた。腥さい血汐に眼鼻を撲たれて、思わず押えた手を弛めると、敵の亡骸はがっくりと倒れた。

目前の敵を殪し得た忠一は、先ずほッと一息吐くと共に、俄に渇を覚えたので、顔に浴びたる血の飛沫を拭いもあえず、軒の外へひらりと駈け出して、吹溜りの雪を手一杯に掬って飲んだ。風は相変らず轟々と吼えて、灰とも烟とも譬えようの無い粉雪が、あなたの山の方から縦横上下に乱れて吹き寄せた。

その雪烟の中に迷うが如き火の光が一点、見えつ隠れつ近寄って来たので、忠一は思わず声をあげて呼んだ。